2018.08.10 2019年入試に向けて中学受験の国語で出題されそうな本や作品をご紹介します。かつての定番といえば重松清でしたが、ここ数年頻出作品の顔ぶれも変わっています。これまでの出題傾向や新しい流れに触れつつ、読解力向上と読書の楽しみを知るためのおすすめ小説についてご案内していきます。
中学受験ではほとんどの学校で小説文の出題があり、各校ともメッセージを込めて作品を選んでいます。全体の7〜8割程度は少年少女主人公が新たな発見をしたり価値観を得たりする「成長物語」です。部活動や学校生活を舞台にしたものも多く、「青春」を感じることができるものが多いのも特徴ですね。他にも家族の話、文学入門のような話なども選ばれます。
今回ご紹介するのは2019年度入試において「出題されそうな作品」ということになりますが、「入試に出るから読んでおく」という邪な動機で読み流しても意味はありませんし、そもそも作者に失礼です。面白がって読む、楽しんで読む、深く読む、ということが小学校高学年の読書では大切になってきます。今回ご紹介する本は、心を揺さぶり、大切な気づきを与えてくれる素晴らしい作品ばかりです。是非手に取ってご家族で読書をお楽しみください。
昨年は「作家ベース」でご紹介しましたが、今年は「作品ベース」で書きました。出題されそうな作品と、読むことで受験生のプラスになる作品を4冊ご紹介するのに加え、新定番&永遠の定番をそれぞれ3冊ご紹介します。「よく出る作家」については下の昨年の記事をご参照ください。「説明文編」は追って記事にいたします。
それではご紹介してまいります。「表現の豊かさ」「ストーリー性」「読んでためになる」「入試に出そう」の四つの観点を総合して4作品に絞りました。短編が二つ、長編が二つとバランスも良くなりましたので、興味や時間に合わせてチョイスしていただければと思います。
「羊と鋼の森」で一躍注目を浴びることとなった宮下奈都ですが、これまでも名作を数多く執筆しています。昨年秋に刊行された「つぼみ」はそんな宮下奈都が新たなステージに入ったことを感じさせる珠玉の短編集です。
冒頭の数ページで心を掴まれることになります。「大きな安堵と小さな失望」など伏線たっぷりの表現にページを捲る手が早まります。スタイリッシュな心情描写や情景描写が宮下奈都の真骨頂ですが、思わず「うまい!」と言いたくなるような ゾクゾクする描写を本作でも味わえます。「スコーレNo.4」の時のようなみずみずしさはないものの表現や描写がより研ぎ澄まされているように感じます。会話と会話の間の心の動きも細かくてテンポがあります。葛藤や迷いをリズミカルに描いていける稀有な作家が宮下奈都です。
宮下作品では「よくいる誰か」ではなく「たまにしかいない誰か」が登場します。でもその「誰か」は確実に存在していて、また誰もが部分的・潜在的に持っている感情を言葉にして表に出してストーリーにしてくれています。だから「丸ごとおんなじ」ではないけれど共感できる部分があるのが宮下奈都の登場人物ですね。
"「思えばずっと守られてきた。闘うことなんてなかった。そんなふうに生きてこられたのは恵まれていたんだと思う。いつもにこにこしていられたのは、私自身の資質じゃなくて、闘ってくれたひとがいたからなのかもしれない。」"
恋心の描き方が淡くて繊細。それを恋と呼んでいいのか分からないくらい絶妙に微妙です。 特に第五章に収録されている「なつかしいひと」での描写が凄まじい。言葉が生きています。浮き上がったり沈んだりしながら、読んでいるこちらの心の中を動き回っているような不思議な感覚を味わいます。
"「母さんのせいだというのはわかっていた。母さんが亡くなって、世界は色を失った。匂いが消え、音が遠くに聞こえ、何かが手に触れる感覚も鈍った。読みたい本など見つからなくて当然だった。だけど、僕は思いのほか困っていた。シーソーに乗っていて、相手が下へ、僕が空中へ上ったときに、急に相手が下りてしまったみたいな、このままだと急降下して尾てい骨をシーソー越しにずがんと地面に打ち付けることになるとわかっていて、それでも手も足も出せない」
「なつかしさがどんな成分でできているのか知らないけれど、うれしいとか、よろこばしい、たのしい、肯定的な気持ちに、せつない、はずかしい、といった身を縮めたくなるような感情も混じっているのだと思う」"
近年のどの作家とも類似性のない妙々たる筆致です。
また、「つぼみ」の中には重松清作品が登場します。その本の内容を知っていれば作者の意図や物語の持つ意味も深まりもっと楽しめます。ちょっとした仕掛けが嬉しいですね。中学受験生もよく読んでいる本ですよ。
宮下奈都の新境地でありながらも、作家としての原点も大切にした渾身の一作をぜひお読みください。
弓道小説「たまごをもつように」で有名なまはら三桃。わかりやすい心情表現、魅力的な登場人物、王道を行く情景描写のバランスの良さで読者を惹きつけます。2018年度栄光学園で「奮闘するたすく」が出題されたことから注目度も上がっています。「疾風の女子マネ!」は陸上部が舞台で直球青春モノ。鉄板の設定ですので入試問題の題材として使われることが増えそうです。
スピード感があって文体も平易。シンプルな伏線と間接表現は小・中学生も楽しめるものとなっています。心情表現が比較的分かりやすいため読み取りの深さを要求する難関校よりも中堅から上位校で使用されやすそうな小説です。
主人公は陸上部400メートルリレーのマネージャー咲良。最初は憧れの男子目当てで入部したものの、次第にリレーの魅力に気づいていくという分かりやすいストーリーです。世界に誇れる強豪である日本の400メートルリレーは機能美があり、その美しさやメダルの感動をフラッシュバックさせる作品となっています。主人公が陸上素人のため、随所に誰でも分かるような陸上ルールの解説が違和感なく挟まれるのもありがたい仕掛けです。これを読めば日本の400メートルリレーも100倍楽しく見られるようになることでしょう。
小説にLINEのやりとりが入っているシーンも。現代小説ですね。
"「だから陸上部のマネージャーをやれば、必然的に彼らに近くなるでしょ。もて男に近い女子には手出しできないって。それどころか仲良くしたがる女子が一定数はいるって」"
素晴らしいいじめの解決法! よく分かってらっしゃる。
終盤、咲良の本音が堰を切ったように流れ出るシーンが秀逸です。ただの陸上小説ではなく、主人公咲良が失くしたもの、忘れてきたものを取り戻していく失地回復の物語でもあります。主人公はまっすぐな性格で微笑ましく、読みながら応援したくなります。マネージャーを、応援するのも変ですけどね。
爽やかなスポーツ小説が好きな方はぜひ。まはら三桃の気持ちの良い展開が楽しめます。
「私には父親が三人、母親が二人いる。家族の形態は、十七年間で七回も変わった。でも、全然不幸ではないのだ」帯にもあるこの説明が全てを物語っています。血の繋がらない親の間をリレーされて成長していく主人公、森宮優子。瀬尾まいこならではの巧みな心情表現と温かな家族の描写、人間味あるセリフの中には情感があふれていて、魅力的な人物も多数登場します。そして相変わらず食事の描写がうまい。全部美味しそう。今作では餃子が一番美味しそうでした。
"餃子の具はキャベツもにらも細かく切られていて、口の中に何も残らず、すんなり喉へ滑り込んでいく。野菜の水切りもしっかりされているから、少し冷めてもべちゃっとならずにおいしい。空気感はさておき、手間暇かけて作った味だ。"
17歳の森宮優子が過去を振り返りながら現在を進行させていく形式で物語は進みます。優子の性格は瀬尾まいこ定番とも言える、少しサバサバしながらも内に秘めた優しさと熱さがある女性です。優子を囲む三人の父親と二人の母親、そして友人や彼氏もキャラが立っていて見事な存在感です。特に最後の父親となる「森宮さん」との掛け合いには血が繋がっていないながらも、お互いを思いやる気持ちがにじみ出ていて心が温まります。
"でも、散歩の一番いいところは、ここでこうして、ポチと並んで涙を流せることだ。一人家の中で泣いていたら、そのまま私はどこまでも閉じこもってしまうだろう。泣かずに我慢をしていたら、いつかどこかが破裂してしまいそうになるはずだ。だけど、だだっ広い空の下、川を見ながら泣いていると、涙も思い出も、一緒に流れて行ってくれる気がする。"
本物の親子以上に親子である姿を、本物の家族以上に家族である絆を、森宮優子は見せてくれます。子どもたちにとって、安心できる場所、信頼できる人がいることが最高の環境です。大人たちがすべきことは信じてあげること、安心させてあげること、これだけでいいのではないのでしょうか。
中学受験は合格が目的化してしまい、大切なものを見失ってしまうこともあります。そんな時こそ、瀬尾まいこの小説を読みましょう。目の前の宿題、模試の結果、過去問の出来などで殺伐とした家庭環境に一筋の柔らかな光を与えてくれるはずです。読み終わった後、ちょっとだけ子どもに優しくなれるはずですよ。本人よりも受験生の保護者の方におすすめの一冊です。
遠回しな表現や難易度高めの語彙を使用しながら、やや文学的な描写が多い小川洋子。近年は浅野や渋谷教育学園渋谷や桜蔭など、国語にこだわりのある学校での出題が見られます。読み手の深さを求める問題など一歩踏み込んだ本格的な国語力を問う問題に適しているのが小川洋子です。
2018年1月に出版した短編集「口笛の上手な白雪姫」でも小川洋子節は健在です。数々の上質な言葉にいざなわれるようにいつの間にか物語の世界に引き込まれていく不思議な感覚を味わえます。本の世界に没頭していくことで、静かにゆっくりとした時間を体感できます。是非小川洋子の世界観の中をのびやかに歩む自分を感じながら読んでいってほしいですね。
なかでも「かわいそうなこと」は秀逸。「巨大すぎるシロナガスクジラが孤独でかわいそうだ」という視点がやはり独特。当たり前の感性や価値観を疑い、それらを深く味わうことができるのも作者がその切り口を見せてくれるからに他なりません。「先回りローバ」で紡がれたほんのりと温かい言葉も美しく、読み手の心を揺さぶります。
"「言葉だけだと薄っぺらに聞こえるのに歌になると真実に聞こえるの」 「彼は老人という孤島に取り残された仙人であり、その島を闊歩する巨人だった」"
瀟洒な表現が次から次へと出てきます。ここまでご紹介した三作品とは重厚感が違いますね。
どれもラストが婉美であり、余韻を残してくれます。最新小説なのにアンティークな趣があります。この質感はなかなか出せません。上質の物語を味わいたい方、難関校で出題される可能性が高い作品に触れてみたい方におすすめです。
永遠の芥川賞”候補”こと佐川光晴の「大きくなる日」も近年よく見かける作品です。武蔵や立教新座、立教池袋などで出題されています。人物関係や心情の微妙な変化を言葉や表現の端々から読み取っていくという書き方になっているので、中学受験生にとってまさに「うってつけ」の小説です。
第一話は太二、第二話は健斗、第三話はフィリピン人ハーフのロニーのお母さん、という具合に一人称の主人公が変わりながら進む連作短編です。太二の一家が物語の中心ですが、他の家族や友人も絡んでくるので、多数の登場人物の視点を楽しむことができます。登場人物同士の関わり合いも素敵ですし、表現や言葉遣いがきちんと年齢や立場に合っていて、またその描き分けが巧みです。
共働き、父子家庭、国際結婚の父母など現代の家族がよく描かれています。絵に描いたような家族愛があるわけではありません。それぞれの家庭がそれぞれの環境で抱えている葛藤が描出されます。この家族はうまく行くんだろうか、このこの願いは届くのか、と少し胸がざわつくようなシーンもありますが救われない展開になることはないから安心です。
章を追うごとに年齢が上がっていく構成は面白く、成長を見届け応援したくなります。物語は終盤に向けて盛り上がり、特に第7話「四本のラケット」第8話「本当のきもち」は秀逸。第8話は涙が止まりません。中学入試に登場してくるのは圧倒的に「四本のラケット」で、展開のテンポもよく、家族の絆や心情変化についての読み取りが頻出しています。
作品全体としては特に凝ったところもなく、癖もありません。小学生でもスッと読める一冊です。物語の展開が早すぎるのが些か難点ですが、連作短編なので仕方ない側面もあります。もう少し紆余曲折があると深みが出て良いのですが。
「とりあえず重松清を読んでおこう」から「まずは『大きくなる日』を読んでみよう」へ。中学受験生向け読書の定説を覆す作品になるかもしれません。
佐川光晴の新作「駒音高く」は2020年度入試で狙われそうな作品ですね。
「しずかな日々」「十二歳」が有名で小学生を描かせたら一級品で安定の椰月美智子。浅野や筑波大附属、ラ・サールなどで出題されています。
主人公は中学2年生の加奈太。両親は離婚してしまい反抗期を迎えています。とあるきっかけで夏休みを父親・征人の故郷である天徳島で過ごしていく物語です。天徳島は神の島として因習、言い伝え、不文律が数多くあります。そしてそれは征人が子供の時から30年変わらないもの。タイトルの「14歳」は加奈太と、父親である征人が14歳だった頃を並行して視点を入れ替えながら物語が進みます。
加奈太が急遽参加することになったキャンプには、他に島外から5人のメンバーが来ていて、少年たちならではの葛藤や対立が描かれます。3対3に分かれていがみ合うシーンなんかは実際にありそうな展開ですね。ただ、椰月美智子は小学生や中・高生女子の心中を語らせれば超一級ですが、「中学生男子」の描写は少々違和感がありますね。そこに長けているのは群を抜いて朝井リョウです。嫌味なぐらい正鵠を射てきます。
とはいえこの作品の真髄は椰月美智子の十八番とも言える、癖のないストレートな情景描写です。舞台は過疎化が進む宮崎の離島。まるで映画の一場面を見ているようなリアリティある描写に、読み手の想像力も最大限喚起されることになるはずです。
嫌味や誇張がなくストンと腹落ちする比喩表現はいつ読んでも爽快です。
"「おれは自分の手足を動かして、それを不思議な気持ちで眺める。こうして動くのがなぜか突然おかしなことに思えてくる。自分の心と身体がぜんぜん一致していないような、奇妙な感じだ。あ、まただ。理由もなくむしゃくしゃする。心というものが、使い古しの歯ブラシのように、てんでばらばらにあらゆる方向に向けてささくれ立っている感じ。」" 途中の読書感想文のくだりも素晴らしい。 "「タオの言いたいことはよくわかったけれど、でもやっぱりそれはタオの感想だった。自分の感想は自分のものでしかないのだ。もちろん、直したほうがいいところはたくさんあったけれど、それでもおおまかなところはこれでいいように思えた。かといって、タオの感想が間違っているというわけではなく、それはもう、人それぞれなのだ。(中略)同じ本を読んでも、人によって感じることが違うというのはすごいことだ。すべては、読む人に委ねられているのだ。発見だった。その発見をできただけで満足だった。」"
このシーンは入試でも多く使われそうです。また父親の回想シーンで、漁師である征人の父が遭難し家族が不安に包まれているシーンの筆致は見事。シリアスなシーンを事も無げに、それでいて深く書き上げる文章力はさすがとしか言いようがありません。
海を間近にしてその美しさと怖さを実感するシーンでは、死生観についても触れられます。
"「人間って簡単に死んでしまうんやと思うたら、なんやこう、切なくなったわ…」ミラクルの言葉に、おれたちはしんとした。死というのは、自分とはかけ離れた、まったく関係のないものだと思っていたけれど、実はすぐそこにあるのではないだろうか。" 説教くささがまったくありません。椰月美智子のすごいところはここですね。伝えたいことをまどろっこしくなくまっすぐに読み手に届ける、そんな言葉の力を感じる一冊です。小学生にも中学生にもその保護者にも強くおすすめしたい作品です。
ここまで椰月美智子べた褒めですが、その流れで隠れた名作「るり姉」も勧めておきます。小学生でも読めますが、特に保護者の方に超おすすめです。涙が止まりませんよ。
朝日中高生新聞で連載されていたことでも知られる本作。作者の小嶋陽太郎は1991年生まれ。結論から言うと今年一番の発見かもしれません。それだけ素晴らしい作品です。受験を控えた小学生にもぴったりの「軽さ」で読み進められます。
主人公で中学一年生のサクは割とクールで勉強もできるキャラです。そのサクの一人称で語られるので、感情移入も容易で、友情や恋、そして抱える葛藤に寄り添いながら読み進めることになります。物語はサクと親友ハセが夏休み最後に古墳探検をするところから展開していきます。
古墳で拾った謎の筒に入っていた暗号を読み解いていくという冒険物語の軸と、サクの中学校生活の青春モノの軸、妹や父親との関係を描いた家族モノという軸の三つがあります。ラストは全てが点で交わるように見事に収束していくところに感動です。入試問題を出題する側としては狙いに応じてテーマを選べるという点で「使いやすい」かもしれません。
二人に加えて同級生の不思議ちゃん女子、近田さんを加えた三人が物語の中心となります。ハセ曰く、
”「いいか、何かをするときはだいたい三人組って決まってんだ。ズッコケ三人組しかり、ハリー・ポッターしかり」”
サクや近田さんを取り巻く家族とのやりとりが描かれます。「サクと妹」「近田さんと姉」、それぞれが胸に抱く想いが心に沁みます。キャラクターがはっきりしていて共感やイメージが得やすいのも特徴です。額賀澪「屋上のウインドノーツ」も良いですが、よりみずみずしさがあるように感じます。行間も広く、またセリフ部分も多いので小学生でもテンポよく読み進められるでしょう。読めば読むほど引き込まれていくのは間違いなく作者・小嶋陽太郎の物語の力です。
水泳ばかりやっている小学四年生の妹も存在感があります。サクの水泳への想いが弾ける場面でのやりとりが一つのハイライト。父親も母親もいい味を出していますね。自分がかつてやめてしまった水泳。そして、妹の泳ぎを初めて見る場面。思いがほとばしります。
”初めて見る真琴の泳ぎは見事だった。しなやかで、力強くて、子供のころに見た父の泳ぎをミニサイズにしたみたい。僕にはできなかった、父みたいな泳ぎ。そう思うと、やはり胸がキリリと痛んだ。でも僕は、ちゃんと最後まで真琴の泳ぎを見た。真琴は、ひとかきごとに確実に速くなっていくのだろう。僕だって、あのとき水泳をやめていなければ、真琴みたいに、父みたいに速くなれたのだろうか。僕はいつか、真琴の泳ぎを胸の痛みなしで、心の底から「がんばれ」と思いながら、見られるようになるだろうか。”
また、担任の角田先生もいい感じに物語にスパイスを効かせます。
”ちょっと見方を変えてみりゃ、けっこう違うもんだろ。物事には角度ってもんがある。斜にかまえて、最初から面倒だと放棄したくなる気持ちもわかるが、ちょっとだけ妥協して体を起こしてみたら思ったよりもいけるじゃんってことは、意外にあるぞ。”
椰月美智子同様に、シンプルで嫌味のない描写でスムーズに物語を展開させていくタイプの作家です。ただ、伏線も多く読み進めながら回収して行く感じ、後半に行くにつれてスピードアップしていく感じは長編の物語をトータルでデザインしている作者の力を感じます。いい物語です。
より深みのあるテーマを書かせたときに作者・小嶋陽太郎がどうなっていくのか楽しみですね。文章の平易さ、展開のわかりやすさ、安心して読める内容、どれをとっても10歳〜13歳くらいにまさに最適。ところどころ泣かせる部分もある。今後、しばらくは中学受験の出題本として定番化してもおかしくはない一冊です。一押しです!
これまでも数多く出題されてきて今後も扱われることが多いであろう定番作品を三つ軽めにご紹介します。どれも素晴らしい作品です。
永遠の定番中の定番。重松清の「小学五年生」。これは外せません。最近は国語の教科書にもよく重松作品が掲載されています。
間接表現の巧みさ、小学生の心情描写の正確さ、クラスや学校や友人同士など狭い社会で起きている些細な出来事。どれをとっても小学生たちにとって当たり前の日常で、だからこそ誰かが言葉にしてくれないと気づくことのできない気持ちの動きや考え方。それを重松清は見事な言葉で表現してくれます。
納得感が異常に高く、保護者の方からも絶大な支持を得ている中学受験の大定番です。肉体的な成長と精神的な成長のバランスを取りづらい年齢の心情を読み取るとはどういうことなのか、情景描写によって表される心情にはどんなパターンがあるのか、入試で出題されるポイントを大まかに掴むという観点からも、とても良いトレーニングになるのが「小学五年生」です。
これを読まずして中学受験の小説文対策は始まりません。幸い17作品の短編集となっているので、どこからでも読み始められますし、一話分なら遅くても20分あれば読めます。気軽な入り口としてまずはここから始めて見るのも良いでしょう。おすすめは「南小、フォーエバー」「ケンタのたそがれ」「バスに乗って」です。
主人公は小学五年生の男の子。「幽霊みたいに存在感がない」と自分で言い切ってしまう「えだいち」こと光輝の学校生活と祖父との暮らしを描いた作品です。クラスの人気者で明るくお調子者である押野と仲良くなり、自分に自信をもったり、飼育委員に積極的に取り組んだり、家庭内でも母親に意見を言ったりできるようになっていく話です。
時に厳しく時に大きく包み込んでくれる担任の椎野先生の存在も良いスパイスで、転校するかしないかのシーンでの光輝とのやりとりは感動的です。
分かりやすい成長物語であり、起承転結もしっかりしていて安心して読めますし、誰にでも楽しめます。「お気に入り!」「何回も読んだ」という声が生徒からも多数上がる作品です。
また、椰月美智子の落ち着いた安心の文章表現も味わえます。
”「水滴のついたコップ。陽に焼けた肌。太陽に透ける金色の産毛。セミの声。夏の空。ああ、夏なんだなって、ぼくは、これまでで、きっと、はじめて、感じた。こういうのを夏っていうんだなって。」”
”「三人で−−ぼくと押野は麦茶、おじいさんはお酒で−−飲み物を飲み、漬物をつまむ。なんだかそれだけのことなんだけど、ぼくたちはその時間をとても有意義に感じた。なんにもしゃべらなくても、ただここでこうしているだけでよかった。濃密で、胸が少しだけきゅんとしてしまうような時間だった。それぞれが、自分だけの世界をたのしんで、でもそれは、ここにいる三人でなければ見つけられない世界だった。」”
うーん、いい。気取っているところが一切なく、ひらがな・漢字の織り交ぜ方も実に美しいですね。
おじいさんとの暮らし、母親との関係、押野との物語。その三つの展開を追いながら最後まで楽しめる一冊です。入試頻出は関係なく、小学生に是非読んでもらいたい作品です。
珠玉の短編集と言える永遠の名作、江國香織の「つめたいよるに」も外せません。ショートショートとも言える超短編集となっていて、読みやすさ(入試への出題しやすさ)は抜群です。過去にはセンター試験でも出題されたことがある「デューク」以外にもシュールでありながらどこか心に沁みる物語が数多く収められています。
入試では2009年ごろをピークに出題数は減っていましたが、2014年に筑波大附属駒場が採択し、息を吹き返しました。公文国際や城北、湘南白百合等でも出題されており、今後も長く題材となりうる本格派です。
親が読んでも懐かしさや愛しさに包まれ、仄かなあたたかさを感じるそんな作品です。死生観についてのお話もあるので親子で読んで感想を共有できたら、なお素敵です。受験に向けては「僕はジャングルにすみたい」が名作中の名作。「子供たちの晩餐」「草之氶の話」なども頻出します。
江國香織ならではの少し凝っていながらも、しつこくない心情描写が楽しめます。親子でお気に入りの短編を探す読み方も面白そうです。
中学受験の出題にはある程度の傾向があります。「成長物語」であること、部活やスポーツ小説であること、短編集であることの三つが有名です。この流れは今後も変わることはないと思うものの、2018年入試で浮かび上がった新たなトピックスと、今後の想定をしてみたいと思います。
2018年の入試で数多く出題された森絵都の「みかづき」。これは塾が舞台の小説となった大長編小説です。開智中や明大中野などに加えて国立の筑波大附属で出題されたのは正直意外でした。国立中が「塾小説」を出題することにも時代の変化を感じます。
「みかづき」は大変面白いですし、塾の内情についてもこれでもかと踏み込んでいて業界的には大いに話題になりました。来春からは高橋一生・永作博美主演でドラマ化されるのも楽しみですね。ぜひ明るく希望あふれる映像化であってほしいと切に願っております。原作はいうまでもなく素晴らしく、
”「学校教育が太陽だとしたら、“塾”は月のような存在になると思うんです」”
の名言とともに後世に語られる名作です。保護者の方も一緒にお読みいただくことをお勧めします。長すぎて(時には重く、時には不適切で…)小学生にはややしんどいかもしれません。作中の子どもたちが輝くシーン、親と子のやりとりのシーンなどを中心に読んでいくと良いでしょう。出題もそこに集中しています。
また、新星の若手注目作家を応援する動きもあります。かつては朝井リョウがその筆頭でしたが、芥川賞作家のみならず、20代の若手作家やライトノベルに近い作品まで幅広く採用されています。朝井リョウはすでに大御所の一人として「世界地図の下書き」がよく出題されていますし、渡辺優(2018年聖光学院で出題)や深緑野分(2018浅野で出題・児童文学雑誌「飛ぶ教室」より)はこれからの作家で、今後再び入試問題に採択されるかも気になるところです。
改めて前述の小嶋陽太郎は特に注目です。しばらく頻出作品になりそうな予感がします。
これを言うと各私立校の先生方に怒られそうですが、国語の問題作成に定評のある学校が使った出典は真似されやすい傾向にあるのは間違いありません。少なからず参考にして自校問題を作成しているはずですので、後述の学校で出題された作品は次年度以降、他校でもよく出るようになると推測できます。
例えば、2009年に慶應湘南藤沢で出題された椰月美智子「しずかな日々」は翌年以降2018年まで様々な中学校で出題されています。辻村深月「家族シアター」も2016年に麻布が採用し、それ以降使用されるケースが増えているように感じます。これらの学校は作品に対して「お墨付き」を与えるようなインフルエンサー的な役割を果たしていると言えるでしょう。
・慶應湘南藤沢 ・麻布 ・栄光 ・浅野 ・筑波大附属 ・聖光学院 ・海城
これらの学校の出題を踏まえると今後出題が増えそうなのは下記の作品となります。いずれも素晴らしい作品ですので是非読んで見てください。やはり良いセレクトをしていますね。
・森絵都「みかづき」(筑波大附属) ・まはら三桃「奮闘するたすく」(栄光学園) ・瀬尾まいこ「君が夏を走らせる」(海城) ・宮下奈都「つぼみ」(海城・横浜雙葉) ・小嶋陽太郎「ぼくのとなりにきみ」(慶應湘南藤沢)
中でも慶應湘南藤沢の先見の明は目立ちます。「しずかな日々」だけでなく、ここ10年間で20校以上で出題されている川端裕人「今ここにいるぼくらは」の先駆けでもあります。そう考えると今年採用された小嶋陽太郎「ぼくのとなりにきみ」も相当数今後出題されることでしょう。
作品ごとに紹介文の長さに差があるのはお許しください。毎年、入試のために読んでいるわけではありませんので、それぞれの作品に思い入れに若干の差があります。しかしながら、今回ご紹介した一つ一つの作品は大人が読んでも素晴らしい気づきがあり、楽しめるものです。出題校からのメッセージを感じ取りながら読むのは私にとっても大変興味深いものです。
どうか「中学受験のための読書」としてではなく、お子様の視野角を広げ、感性を磨き、親子で対話するきっかけとなる読書としてお楽しみいただきたいと思います。この記事の目的は出題を的中させることではありません。出題する中学校が何を求め、何を感じてほしいのかというメッセージを読み解く契機を掴んでほしいということが根本にあります。良質の読書は語彙を高め、世界を広げ、価値観を豊かにします。ご紹介させていただいた傑作をお読みいただくことで、それらを実現できるのではないかと思います。
最後までお読みいただいてありがとうございます。説明文編も追って書きたいと思います。
このブログ記事をベースとして「大予想! 中学受験に出る小説・説明文」という内容でプレジデントfamily2018秋号に取材記事が掲載されました。他にもいい特集がたくさんあり、子どもの興味を惹く良書の紹介が満載となってますので、子育て世代の本選びにはすごく参考になると思います。こちらも是非ご覧ください。
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